インターネットの検索でHPを見つけたのが出会いでした。一日5時間の英語の授業、朝昼夜の3食、住まいとしての寮代、航空代金を含んだ余りに安価な価格、しかも授業の1つはマンツーマンレッスンだと云う好条件に始めは疑いを持った程でした。正直を云うとこの時点で私は、1ヶ月カナダに行く契約を他の会社と交わしていました。それでも、余りの好条件とフィリピンと云う英語を勉強する地としては聞き慣れない国に惹かれ、資料が家に届いた翌日、契約済みだったカナダへの留学をキャンセルしフィリピンに行く事を決めました。

不安な事は沢山ありました。しかし、治安の面でも、衛生の面でも学校内にいる分には申し分なく、学校の外に出たからと云って困ることもありませんでした。ミネラルウォーターは学校内に幾つも完備されており、外で頂く食事もとても美味しいものでした。事に韓国料理中心の学校の食事に飽きた日本人には、外の食事が安全、美味しいと云う事は重要な事なのです。

タクシーだけが安全だと云うような情報を学校側や他の生徒からよく聞きましたが、私達にとってはタクシーよりジプニーの方が安全であるように想われました。日本人はよくボラレます。タクシーでは、私を含め私の友人もその事で何度か嫌な目に合いました。一方、一般の人々が利用するジプニーで嫌な目に合う事は一度もなく、どのジプニーに乗って良いか判らなかったり、降り場が判らなかったりした時には、現地の人が親切に教えてくれたものです。身に着ける物や時間帯や場所をきちんとすれば、一人で出歩く事も何ら問題ではありませんでした。私も独りで出歩く時は時計を外し、鞄も持たずに、身体一つで行動しました。治安ばかりを気にして閉じこもっていたり、上流階級、観光客だけが集まる地にばかり行っているのはつまらないものです。繰り返すようですが、きちんと気を付けるなら、CEBUは然程危ない地ではないと思います。

生徒の大半が韓国人だと聞いて、日本人にどんな反応を示すのだろうかと不安に想っていましたが、彼等は日本人に興味を持って近づいてきてくれましす。私にも、フィリピンに到着した初日から韓国人の友達が出来ました。彼等と英語で話していくうちに、韓国と日本の文化の相違に改めて気付いたり、日韓の国民意識のあり方を知ったりと、英語の勉強だけでなく、国や文化や習慣の勉強をする事になると想います。

学校の近くには大きな教会が3つあります。中でも幼いイエスを祭ったサントニーニョ教会は、人々が最も多く集まる歴史ある教会で、私は此処に幾度となく脚を運びました。そこで見られる人々の信仰の厚さ、絢爛たる装飾、1歩教会の外に出れば物売りをしている老婆や子供、山積みになったキリスト像や果実等は、日本では決して見られない光景です。帰国する前日、どうしても教会に行きたくて一人サントニーニョに歩いて出向きました。英語ですらないミサに参列し、人々がしているのと同じようにケースの中のキリストや聖マリアに手を宛て、祈りを捧げました。教会が閉まる時間になる頃、私は教会の警備員と仲良くなりました。人々がそっと減っていく中、尚祈りを捧げている異国の顔の私に、一人の警備員が声をかけてくれたのです。とても親切な方達で1時間程お喋りをしました。皆、日本が好きだと云う事で、日本人である私に好意的で、教会の歴史や、何故警備が必要なのか、果ては自分達の家族の話し迄してくれました。最後にはサントニーニョ教会の絵や人形のお土産も頂き、夜は危ないからとバイクで学校迄送って頂いた程です。

多くの現地の人はとても優しい人達でした。殆どの人が英語を話せるし、心配していたフィリピン訛りも気にする程ではありませんでした。ニュージーランドやオーストラリア訛りの英語よりずっと聞き取り易い英語だと想います。それよりも賢明に生活語ではない英語で、異国の私達と懸命に話してくれる姿が感動を誘うのです。お互いに英語で意思を伝えようとする姿勢が自然に生まれる事は、英語を学ぶ者にとって理想的な環境ではないのでしょうか。

学校の授業では1:8のネイティブの先生が行う授業もあります。ですから、ネイティブ英語も毎日の授業で聞く事が出来ます。私はネイティブの先生に恵まれて、楽しい授業を受ける事が出来ました。授業では毎回誰かが自由なテーマでプレゼンテーションをし、そのテーマについて意見交換をします。人口中絶や拒食症、死刑制度と云った重いものから、昨日こんな淡い恋をしましたと云った日常のちょっとした出来事迄、日本では考えられない内容がプレゼンテーションのテーマになるのですから、本当に面白かったです。

中京大学1年 馬場 ななえ(写真はオート三輪車シクロに乗って)